2007年1月30日火曜日

“いじめ”をなくしたいのであれば、まず保護者を何とかすべし

学校で自殺が起きるとしたら、そのほとんどはいわゆる“いじめ”によるものだと考えて差し支えないだろう。そういう意味で、このイカサマ統計はそもそも誰1人信じてはいなかったであろうが、問題は、そもそもなぜこれほどまでに“いじめ”が増えているのか?という点である。

まず、一番の問題は、少子化が急速に進み、阿呆な保護者がのさばり過ぎたことが原因と言えるだろう。最近の保護者は「学校・教員には任せておけぬ」とばかりに、ズカズカと学校内へと入り込み、我が者顔で教職員に意見する姿が目立つというが、こんなもの、ひと昔前ならば「電波保護者」以外の何者でもない。

そもそも個々の学校というものは、校長を頂点として教職員が生徒・児童の上に君臨し、一方的な指導をもって組織力を持ち、それによって大凡一定の秩序が守られるのであり、そこに電波保護者が横槍を入れてしまえば、その秩序は自ずと瓦解してしまう。あくまで教員は聖職者であり、それを保護者や生徒・児童が頭上に押し頂いてこそ、学校という環境は成立するのである。つまり、保護者たちは自らの手で学校の中から旧来の秩序を奪いとり、荒すだけ荒した上で、トラブル時の責任だけ学校サイドに押し付けているという構図だ。

うした中、昨今のいじめによる自殺問題を踏まえ、「いじめのない学校に」と、我が子を幼いうちから“お受験戦争”に投入する鬼畜保護者が増えているが、この場合、「いじめのない学校」というのは、大凡、私立の名門校と呼ばれている学校を指している。ではなぜ、一般的な公立に比べて、名門校ではいじめが少ないと言われているのか。それは一部のケースを除き、名門校と呼ばれる学校においては、公立に比べて保護者の発言権が弱く、学校への介入度が低いからである。つまり、学校と保護者の力関係を見れば、

(名門私立校)保護者<学校
(地元公立校)保護者>学校

…ということになる。事実、いじめに限らず、何かトラブルが発生し、そこに自分の子供が巻き込まれた時、昨今の電波保護者は、公立校の場合は怒鳴り込み、私立校には菓子折を携えて謝罪に伺う。要はやっとの思いで入学させた名門校と、年齢に達すればさほど苦労もせずに入れる公立を比べて、その態度を変えるというわけだ。もし、我が子を「いじめのない学校」に進学させたいのであれば、保護者がまず、自らの態度を改めるべきである。

最後に余談だが、電波保護者の中には「公務員=どうしようもない、体たらくな無駄飯食らい」というイメージを持つ者も少なくなく、なにかにつけて「誰の税金で飯を食ってられると思うんだ」と騒ぎ立てる輩もいるが、そういうセリフは、平均的な年収の何倍も稼ぎ、せめて自分の分だけで担任の教師を雇えるくらいの納税をしてから言ってもらいたいものである。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070119-00000101-yom-soci

中国製品は断固としてボイコットすべし

そもそも中国という国は、こういう国なのである。そもそもがゲリラ国家であり、そもそもがヤリ逃げ国家なのである。にもかかわらず、目先の利益欲しさに、かつて日本の大企業は続々と中国へと進出し、自腹で現地に工場を立て、貧しい労働者を雇ってはシコシコと工業製品を生産し続けてきたわけであるが、そうした歴史の末に何が起きたかと言えば、昨今の中国・韓国製の日本製品模造品ラッシュである。

しかし、歴史を振りかえってみれば、日本も工業化が遅れ、欧米の技術を模倣して、経済大国へと伸し上がっていった経緯もある。そういう意味では、中・韓も、日本製品を凌ぐようなクオリティを誇る製品を作れるようになれば、それこそ“出藍の誉れ”といったところだろう。だが、ここで問題なのは、この連中の根性である。

この連中がかつての日本人と大きく違うのは、クオリティの向上に勤しまず、模造品としての完成度のみを上げ続けているという点だ。しかも始末の悪いことに、パッと見は本物と瓜二つであるにもかかわらず、中身はかなりお粗末だったりと、単なる「似非製品」で終わってしまっていることがほとんどである。そういう意味では、「中国・韓国の製品=安かろう悪かろう」と考えて差し支えないだろう。

最近巷では不二家の騒動でマスコミが大騒ぎしているが、そんなもん、ハナから悪意タップリにインチキだけをやろうとしている中国に比べれば、なんぼなんぼかマシである。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070118-00000414-yom-soci

セミプロ市民の訴えは徹底的に無視すべし

またもやプロ市民もどきの非国民が騒ぎたてているようだが、こんな不逞の輩が「言論の自由やプライバシーなど人権を侵害された」などと騒ぎ立て、その上、高額の慰謝料を支払えなどというのは問題外である。こんなものは、場違いな場所へとノコノコとやってきて騒ぎ立て、散々騒ぎ立てた挙げ句に小遣いをせびるチンピラと何ら変わらない。

そもそも、タウンミーティングなどというものが、所詮、政府主導で行っている大規模な“ネタ”であるという、ごくごく当たり前の常識すら持たず、ヤラセだの何なのだと騒ぎ立て、そのヤラセに参加できなかったことでブチ切れるというのは、どこをどう見ても正気の沙汰ではない。そんなにヤラセに参加したければ、テレビ局の番組観覧にでも申込めばよいことである。

さらに言えば、そもそもこうした状況に陥った場合、ごくごく普通の一般市民は、すぐさま訴訟を起こそうなどという考えには至らぬものである。もし、この連中が世間一般の「スタンダード」であれば、ハナから豪華商品などが当らぬことになっている、場末の零細商店街の歳末福引などは成立しなくなるだろう。もっとも、こういう連中ならば、そうした「ネタ」的な福引きに対してでさえも、訴訟を起こしそうなものだが。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070118-00000028-mai-soci

2007年1月26日金曜日

身内の犯罪にも厳しい追及を。

この事件では、テレビ朝日の番組を制作している製作会社の職員が逮捕されたとのことだが、世の中には「痴漢」という行為を軽視する風潮が未だに存在している。しかしながら、痴漢というのは当然のことながら犯罪である。決して許されるものではない。 ましてや人気商売の人間が、そんなことを気軽にしてしまうなど、もってのほかである。

こと、マスコミというのは犯罪者やその周辺に対して、悪辣極まりない取材を展開し、あることないこと騒ぎ立てるものだが、なぜか身内が引き起こした事件に対しては、追及の手も非常に緩い。こうした身内擁護ともとれる風潮が蔓延している限り、マスコミ関係者によって引き起こされるこの手の事件が、根絶させることは当面の間、訪れることはないだろう。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070126-00000306-yom-soci

人材難の民主党が苦肉の策へ

またもや民主党か、という感じである。著名人を担ぎ出し、半ばウケ狙いの選挙戦を展開するのは公明党の十八番だとばかり思っていたが、民主の人材難はよほど深刻なようで、今度は偏向左翼ニュース司会者・筑紫哲也を担ぎ出す動きがあるのだという。実際に出馬するかは別にして、少なくともこれにより民主党はより一層“人材難”というイメージが定着してしまった格好だ。

一方、ハナから“ネタ政党”として認知されている新党・日本は、代表であるクリスタル田中氏自ら出馬に色気を出しているという。この男、ペログリから一転、長野県知事に収まってからは、途端にインテリ感を前面に押し出してなかなかの人気ではあったが、県内での人気は別として、あの不可思議なマスコットキャラをデカデカとブローチ化し、スーツの胸元につけている姿は、他府県の良識ある国民からすれば「危ない人」以外の何者でもない。作家の故・影山民夫氏は自らが信仰する降伏の…いや、もとい、幸福の科学のシンボルである巨大な「R」の字を象ったネックレスを首から下げてテレビ出演していたが、ペログリ氏が身につけているヤッシーブローチは、それと近い危なさを感じさせる。いずれにせよ、こんな連中が首都・東京において行政のトップに君臨することを考えると、なんとも先が思いやられる感じだ。

そもそも日本という国は、古くから利権国家として存続し続けている。お代官様に山吹色を差し出す悪徳商人も、談合で暴利を貪る連中も、その構造にさして変わりはない。つまり、こうした利権問題というのは、言わば、日本における“伝統文化”のようなものなのだ。しかし、民主党もそうであるが、偏向左翼政治家および赤ジャーナリスト、リベラリストを自称する連中というのは、こうした“伝統文化”に対していつでも吠え続けている。だが、その結果、何か好転したことがあったかと言えば、それは皆無に等しい。つまり、こういう連中が言うところの、「不正を糺す」だの「利権政治をなくす」だのという戯れ言は、所詮、自らの得票数を増やすためのアピールでしかないのである。

もっとも、本人たちからすれば、一歩間違うと本気でそうした社会を実現するつもりなのかもしれない。だとすれば、それは怪し気なアクセサリーを身につけていた前述の影山民夫や田中康夫と同じか、それ以上にヤバい存在と言える。なぜなら、こうした日本のお家芸とも言うべき利権構造を破壊するには、一度、無駄な自由で溢れ返っている現在の世相に終止符を打ち、独裁・恐怖政治を布いて、後ろ暗いことをやっている連中を、景気よく断罪してかねばならぬからだ。はたして、そんな気狂い沙汰の暴挙を、民主党はできるというのだろうか。その高らかに掲げている政治信条から見て、絶対にできない筈である。つまり、民主党というのは、そもそもが「やりたいことと、それに必要なことすらよく分っていない政党」という、どうしようもない連中の集まりなのである。

さて、そんな頭でっかちのネタ政党である民主党が、今回担ぎ上げようとしている筑紫哲也。今まで、ニュースキャスターという、実に無責任な立場で、言いたい放題を繰り返していたこの男、はたして実責任のあるポジションに立った時、同じコメントが吐けるであろうか。もし、今まで通りぬけぬけと妄言を吐き通せるというのであれば、1票くらいは入れてやってもいいのだが。

(転載元記事URL)http://jnn.blog90.fc2.com/blog-entry-12.html
(ニュース記事)http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200701/sha2007012300.html

不二家を叩くなら、コンビニやスーパーも叩くべし

最近やや食傷気味に感じる不二家騒動であるが、今回はプリンの消費期限伸ばしが発覚したようだ。しかしながら、この手の偽装について、大手のマスコミがいちいち鬼の首ととったが如く大騒ぎするのは如何なものだろうか。というのも、そもそもこうした商品の“インチキ延命措置”というのは、外食産業でもスーパーでもしばしば行われ続けてきたことである。ことスーパーに関しては、たとえば刺身(サク)→刺身(盛り)→すき身・タタキ→丼への加工といった具合に、一度入荷した品物はとことん手を加え、最後まで売り倒そうというシステムが確立されており、それは長年続く慣習として定着しきっている感は否めない。長期間店頭に並ぶことになる缶詰でさえも、売れ残りの在庫を1度メーカーが回収し、新たに手を加えて別商品として出荷するという手法がとられることもしばしばだ。こうした行為と、不二家の“インチキ延命措置”と、一体どれほどの違いがあるというのか。

さらに言えば、こうした食品について、なにも「消費期限内」であればセーフと言えるかと言えば必ずしもそうではない。大手コンビニエンスチェーンで売られている弁当などは、それこそ、“見た目だけまとも”な食品まがいの食い物であることは、多くの良識有る国民が知っていることである。たとえば以前、あるコンビニ愛好家がコンビニ食を続けていくうちに体調を崩したことで疑問に思い、数十個単位でコンビニの弁当やら惣菜やらを生ゴミ分解マシーンにブッ込んで処理してみたところ、そこには最終的に汚泥のような謎の油カスばかりが残っていたそうである。こんなもの、下手をすれば、問題となった件の不二家プリンよりも始末の悪い代物だ。

大量の広告費を投入しているとあって、こと大手マスコミは鬼畜コンビニ業界の実態について触れることはほとんどない。そんなことをしてしまえば、テレビ局はたちまちゴールデンタイムのCM料が激減し、雑誌社は自社の雑誌を売り場の棚に置かせてもらえなくなるからである。つまり、鬼畜コンビニ業界というのは、その潤沢な資金源をバックに、主要な報道網を掌握し、自らにとって不利益となりうる情報をすべて抹殺しているのだ。金があれば悪事を隠蔽可能、なければ不二家のように袋叩きに遭う…事件になるかならないかなど、所詮はそういうレベルの話なのだ。

最後に余談だが、近頃は「元・不二家のパート」だの、「元・不二家社員」だのといった連中が、こぞってテレビに登場しては、マスコミにとって“おいしい証言”を繰り返しているが、おそらく、この何割かはいわゆる“仕込み”が混ざっている筈である。なぜなら、今回は事件発覚後すぐさま、各局とも“元関係者”を名乗る人間を引っ張ってきていたが、それらの人間はほとんど重複せず、ほとんどの場合において、それぞれが別の人間であった。いくらリサーチャーが優秀だとしても、各局ともこれほど豊富に“元・不二家”の関係者ばかりを揃えられないであろう。大方、仕込み専門の事務所にオーダーし、そこから派遣されてきた素人タレントが“混入”しているに違いない。

ひと足先にヤラセで話題となった『あるある大辞典2』は、既に打切る方向で進んでいるという。『あるある大辞典2』のヤラセについてとやかく言うのであれば、現時点で進行中のこうしたキナ臭い報道についても、徹底的に調査して頂きたいものだ。特に、大相撲の八百長疑惑なぞを今さら「告発する!」などと叫んでいる呑気な『週刊現代』のヒマ記者諸兄は、そんなくだらんことを追い掛けるのではなく、こちらの方ついて取材してみては如何だろうか。

(転載元記事URL)http://jnn.blog90.fc2.com/blog-entry-13.html
(ニュース記事)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070123-00000513-yom-soci

NHKの受信料徴収は悪徳商法の手口と変わりなし

最近のNHKの横暴ぶりというは、実にふざけたものだが、今日は受信料の不払い訴訟で、記念すべき第1回の高等弁論が開かれた。とはいえ、この裁判において渦中の女性は既に分割で支払いに応じる旨を表明しており、このまま何の波瀾もなく終息しそうな見通しであるが、「それにつけても」である。

今さら説明すまでもないことであるが、そもそもNHKの受信料は、非常に不透明な中で徴収が行われ続け、違憲の可能性すら持っているという、言わば“黒いマネー”である。大体、よく考えてみれば分かることだが、一方的に毒電波を送りつけ、「受信できる装置があるのだから、金を払いなさい」という手法は、ある日突然、謎の紳士録や皇室アルバムの類を送りつけ、「代金を支払いなさい」という、昔からある典型的な悪徳商売と何ら変わりない。ましてや、“受信料支払い義務トリガー”となっているテレビは、ほとんどの場合において、購入の際にNHKに受信料を支払う義務があるという旨を、家電屋から説明されず、何らほかの家電と変わらぬ状態で販売されている。NHKは「テレビを設置したからには払う義務がある」などと、自信タップリに宣うのであれば、購入者に対して、こうした説明を怠っているという実態は如何なものか。どうしても払わせたいのであれば、せめてその辺を明確にし、魅力あるコンテンツを制作できるようになってから、言って頂きたい。

また、NHKがこれほどまでに強硬な姿勢で受信料徴収を行うというのであれば、対象視聴者に対して大きな説明責任を持ち、同時に、視聴者からの要望で、経営方針を変えるなどといった動きも必要となる筈である。つまり、受取った受信料がどのように使われているかなどをすべて開示し、そうしたものすべてに対して、受信料を支払っている視聴者の承認を得るべきなのだ。にもかかわらず、視聴者はNHK会長選任に関してすら、口を挟めない状況である。こんなふざけたことなど、断じて許すべきではない。

さらに言えば、事業所と一般家庭では明らかに徴収に対しての「甘さ加減」が異なっているという点も見逃せない。NHKが発表しているデータを見ると、彼らは一般家庭に関しては「日本のほとんど家にテレビがある」と考え、「事業所にはあるかどうかはわからない」と考えていることがありありと伝わってくる。要はこの認識に基づき、NHKは受信料を徴収しているわけだが、「テレビの一切ない事業所」などというものは、「テレビのない一般家庭」とさして変わらぬ比率であることは言うまでもなかろう。こうした不可解なスタンスで徴収する受信料など、ハナからおかしなものなのである。

(転載元記事URL)http://jnn.blog90.fc2.com/blog-entry-14.html
(ニュース記事)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070124-00000104-yom-soci